2021.06.15

盃つまんで Vol.05

土曜のある日、銀座に出かけた。銀座がいちばん良いのは新緑が目に染みるころと、歳の押し迫った師走ころ。並木通りに葉が繁り始めた今は、ビアホール「銀座ライオン」のビールがうまくなる時だが。
目的はグラフィックデザイナー・木村裕治さんの個展だ。木村さんは雑誌「エスカイヤ日本版」「ミセス」、朝日新聞別綴「Glove」など、編集デザインの第一人者。ANAの機内誌「翼の王国」は、ずいぶん昔に私が連載をしていた関係で毎号とどき、そのページデザインに舌を巻き、捨てられずに残していた。特徴は記事の根底を見据えて割り切っためりはりで、同業デザイナーだからよくわかる。こういう大胆さを許した編集部、クライアントもえらかった。同誌は今の航空不況でついに小さなパンフレットになってしまって残念だ。
個展は過去作品の展示ではなく、「自分の仕事に関連した落ち穂拾い」として、様々なもので会場を構成。これも一種の編集デザインで、そのセンスに目を見張った。

銀座の楽しみはランチ。気に入り店はいくつもあるが七丁目の「天國」は欠かせない。
「天丼」こそわが好物。銀座も浅草も名店を知っているが、銀座勤務のサラリーマン時代だった若いころ通ったここが私を天丼好きにした。当時は、銀座通り七丁目角の最高の立地に風情ある大きな瓦葺き二階建て。その夜景が、昭和十年作の笠松紫浪の新版画に「雨の新橋」として描かれている。その後何階建てものビルになり、営業は変わらなかったが、昨年ゆくと工事白塀で覆われており、あわてて電話すると二筋東寄りの道に移転していた。旧ビルはまだ白塀のままだ。
「いらっしゃいませ」
昼どきに暖簾の外で、白衣料理長と着物の女将が迎える。一人の私はカウンターへ。注文はまいど、海老三尾・イカかき揚・野菜二点の〈お昼天丼1、374円〉。天丼は、他にきすが加わる〈A丼1,836円〉、穴子が加わる〈B丼2.376円〉、野菜六点の〈野菜丼1.728円〉。私の憧れは海老・貝柱の〈天國特製かき揚丼〉だが3,564円だ。いつかお昼天丼をいただいている隣りで、カーディガン姿の銀座の若旦那らしきがかき揚丼をお召し上がりで、うらやましく見ているとじろりと睨まれてしまった。そのうえ、その方は終えて席を立ちながら「いつもテレビ見てます」と挨拶くださり、私はあわてて箸を置いて礼を言った。
あの時は恥ずかしかったなあと思いながらぱちりと箸を割る。まず大きな海老から攻め、今日の野菜は茄子と蓮根、その下にはイカかき揚がある安心感。箸休めの香の物は、紫蘇の実漬・葉唐辛子・沢庵と申し分なし。
ああうまかった、満足してお茶。レジ後ろには笠松紫浪の新版画が飾られる。
「この建物は良かったですね」
声をかけると、写真が残ってますと出してくれた。
それから通りをぶらぶら。土曜なれど人は少なく、こういう見通しの良い銀座もわるくない。銀ブラの楽しみは洗練された通りのウインドウショッピング。昔よく通った中華「羽衣」の健在がうれしい。通りの小さな石碑「ここに銀巴里ありき」は、かつてあったシャンソンのライブハウスの記憶。私はよく通い、借りて撮影したこともある。最後はいつものように資生堂パーラーで、大好きなチーズケーキをおみやげに。
銀座わが町。また来よう。