2021.04.8

盃つまんで Vol.03

釧路の居酒屋「しらかば」の女将から、コロナ禍の影響で経営がたちゆかなくなり、閉店する報せが来た。
釧路の居酒屋は炉端焼が多く、大きな炭火網を囲むカウンターで、自分のが焼けるのを見ながら、店の人と話を交わすのが楽しみだ。「しらかば」女将は、白割烹着の胸ポケットに差した割り箸二膳がトレードマーク。明るくざっくばらんな雰囲気が愛され、それをきいた若き日の紀宮様や、世界自然保護基金総裁として来日されていた英国エジンバラ公、自然写真家として撮影に来ていたベイカー駐日アメリカ大使なども訪れ、ファンとなっていった。
私の番組にも出ていただき、吹雪の日に通ってくる健啖なお婆さん客、名物鹿肉の業者、女子会組らと話し込み、女将の逸話も内容深く、その回は名篇になった。
閉店をきいて今までのお礼に、雑誌連載のときの店のスケッチ原画、「しらかば」を書いた本を添えて送ると、釧路の酒「福司」の海底保存酒「海底力」(そこヂカラ)を送ってくださり、お手紙には「太田さんのテレビ番組に出れたことが、とても良い思い出になりました」と書かれていた。

ここに番組の価値があると言いたい。老朽化や後継者難、あるいはコロナなどで閉店するのはやむを得ない。閉店すれば店はなくなる。そのときに、店の最盛期を記録した映像が残るのは、店の方にも、常連客にも、いやまた全国の居酒屋ファンにとっても、まことに貴重ではないだろうか。げんに、かつて私が旅チャンネルで続けた「日本百名居酒屋」はそのまま全十巻のDVDとして息長く売られ、今は閉店した所もあるが、これが貴重といわれる。
なぜならそれは単なる飲食レポートではなく、店の風土、建物、雰囲気、料理などの「居酒屋民俗資料」であるからだ。スタッフもそれを心得、バカ顔で飲んでいる私は適当にすませ、環境や店の歴史、主人の話、とりわけ料理撮影には完璧を期し、のぞきこむ私は「邪魔です」と言われてすごすごと「太田写真館」を撮ったりしている。
しらかばの伊勢美智子さんも、店の整理が済んで、録画しておいた番組を見るときもあるかもしれない。そこには若き日の自分、生き生きとした店の様子、手塩にかけた自慢料理が残されている。
なくなってしまった店の記録にこそ意味がある。ますますこの番組を続けなければならない。